霧はれて光きたる春

霧はれて光きたる春

2017/11/01風景をつくる

1 霧はれて光きたる春

 2010年3月8日。穏やかな月曜日の夕方にその場所は一変した。太陽が南から西へ移動した夕方の16時25分。光庭の一番底である6階はすでに薄暗くなっている。反対に一番上の18階は強い西日が差し込んでいてとても明るい。

 ずっと一緒にこのプロジェクトを進めてくれた看護師の丹後師長のたどたどしく優しい声が、入院病棟の全館に響き渡る。これから中央の光庭で霧とシャボン玉によるインスタレーションの「霧はれて光きたる春」が始まるとその優しい声は告げた。

 16時30分。一滴ずつ滴る水の音が静かな院内に響き渡る。光庭の底からは空に向かって光がゆっくりと上げられ、これからやってくる出来事の気配を伝えている。この雨音を合図に人々は窓辺に引き寄せられて病室を抜け出す。

 16時35分。シューっという発生音とともに煙が底から上がり始める。大きさを増す音とともに、まるで事故のように発生した煙はゆっくりと上がり、各階で眺める人々の前を通過していく。下からやってくる白い塊が目の前を通過すると、窓の外は真っ白に染まり視界は奪われる。空まで達した白い煙は風に吹かれて散り散りになるが、光庭の中は霧に満ちたままだ。不安なぐらい、量と勢いを増す霧は、さっきまで光庭の対岸に見えていた人々の姿を深く閉ざしていく。

 16時40分。下からやってくる霧は音とともに完全に止まる。遠くで鐘が鳴るような音の中に、静けさと不安感の入り混じるような音色が漂う。白く光っていた空気は、気がつけばほんのりと青い色に変わっていて寒々しい。音がこだましているだけで何も起こらない時間。しかし霧はだんだんと薄まっていっている。

 16時45分。不安な音色の中にオルゴールのような音が入り始める。一定のリズムを細かく刻みながら、近づいては遠ざかる音が流れる中、霧は次第に晴れていき、対岸の人々の姿がうっすらと見えてくる。その空気の色が薄れていく中、目を凝らすと小さな粒子が浮いている。雪のようにも見えるが輝いていて、落下の速度はもっとゆっくりとしている。中には一度落ちてきてはまた下から上がってくるものもある。その光の珠に目を凝らす。それは小さい頃に遊んだ記憶のあるシャボン玉だ。目で追いかけているうちにだんだんとその量は増していき、いつのまにか空からは大量のシャボン玉が落下していた。

 無数の光の珠はオルゴールのリズムとともに到来し、落ちてきては上がり、やってきては割れて消えていく。空気の動きに身をまかせながらずっと漂っている光の珠を見ているうちに、気がつくと対岸には先ほどよりもたくさんの人々がいることに気づく。

 16時50分。上下に見える各階の病棟の窓にはいつのまにか病室を抜け出した無数の人々が集まってきて、それぞれが思い思いのまなざしを向けている。通り過ぎようとして立ち止まってしまった、点滴をつけたままの青年。両手の松葉杖を脇に挟み体重を預けてたたずむ女性。車椅子に座ったままシャボン玉を目で追いかけるおばあさん。窓に寄りかかろうとする呼吸器を鼻につけた初老の男性。窓に掌をぴったりとくっつけて凝視する頭に白い包帯を巻いた少年。全員が違う事情でここに入院していて、身体の状態も心に抱いているものも異なる。だが共に病気と向き合っているということは変わらない。

 窓辺にただずんでいるのは入院患者だけではない。廊下を忙しそうに通り過ぎる看護師は立ち止まり、窓辺に医師はずらりと並んでいる。作業の手を止めてパソコンのモニターから顔を上げる事務職員。清掃のモップを持ったまま光庭に顔を向ける清掃員。帰ろうとしてエレベーターを呼んだまま乗らずに釘付けになる面会の家族。そこにいる全員が空を見上げ、光庭に到来するおびただしい数の光の珠を追いかけるのだ。そうするうちに向かい合う人々の無数のまなざしは光の珠を通して一瞬交わされる。

 16時55分。ある入院患者は病室を抜け出して通りがかった廊下の窓の外に、圧倒的な光景が広がっているのを目撃する。その患者が目の前の現象に夢中に釘付けになっていると、隣にお医者さんが立っていることに気づく。お医者さんの様子はいつもの回診の姿とは違う立ち姿だ。この先生はこんな子供のような顔をする時があるのかと思っていると、対岸で見ている若い看護師と一瞬目が合う。その看護師の目は、いつも世話をしてくれる時に見せるしっかりとした目ではなく、その年代の普通の女の子と変わらないような無邪気なまなざしを向けている。

 遠くから子供の声が聞こえてくるが、院内とは思えないぐらいに明るい声だ。天に召されるまでの時間が長くない子もいると耳にしたが、ひょっとすると最後に目にするこの風景のまま、天国へ行ってしまったことに気付かないのかもしれない。病室や廊下で見かけたことのある他の入院患者と初めて言葉を交わした。こんな声をしていたんだと思いながら、お互いに窓の外に顔を向けたまま、一体これは何なのですかね、さぁ何なのでしょうか、とたわいもない会話をする。でも答えなどお互いに求めていないことは分かっている。なぜなら目の前に広がる風景に答えなど誰も持っておらず、誰もこの目の前の現象に対して理由を知っている特権的な立場ではないからだ。

 ここにいる人々は、全員空を見上げている。病状や身体的な状態の違いによらず、患者や看護師や医師や家族といった立場や役割の違いによらず、大人や子供や老人といった年齢の違いによらず、男女の性別や国籍の違いによらず。全員がこの風景の前では空を見上げている“ただの人”なのだ。自分に貼り付けられた社会的な記号ははがれていく。むき出しになった人々同士が触れ合う時間がそこには流れている。

 17時ちょうど。もう新しいシャボン玉やってこなくなる。光庭にはまだ残されたシャボン玉が浮かんでは落ちることを繰り返しているが、だんだんと消えてなくなっていく。

 17時5分。光庭の底から空に挙げられていた光は徐々に落ちていき、またいつものように夕食が配膳される時間が始まる。光庭はいつものように何もない静かな場所へと戻っていく。気がつくと空は暗くなっていて、最後の陽光が今にも消えようとしている。

 

 

2 場所の必然性が生む演出

 「霧はれて光きたる春」と名付けられたこの30分のインスタレーションは、2010年3月8日(月)から12日(金)に実施された。より多くの人が吹き抜け空間に集まり鑑賞出来るように、実施時刻を設定した。16時半から17時までの30分間は、患者の検査が一通り終了し、看護士の交代の時間となる時間だった。そしてちょうどその時間は冬の日没の時間とちょうど重なるので、始まったときと終わった時では光庭の様子も変わるはずであることも計算に入れていた。

 今回のインスタレーションで用いたのは、霧とシャボン玉という現象的な素材だ。これらの素材の選択には2つの理由がある。1つは物理的な観点からの選択だ。光庭の内部は空気の流動が繊細なため、それにセンシティブに反応して現象を一番うまく描ける素材を選択した。

 6階部分にはフォグマシーン(霧発生装置)を4台設置し、発生した霧を上部へ送るための送風機を4台、そして上部へ向けられた照明を設置した。屋上部分にはシャボン玉連続発生器と送風機を4台ずつ設置し、当日の風の状況を見ながらシャボン玉を吹き抜け空間へ落下させるような操作を行った(図2)。それぞれの機材の操作は特殊効果のプロフェッショナルの方々が行う。その演出のタイミングに関しては、その日の風や空気の状態を読みながらぼくが直接指示を出した。

 本来は、シャボン玉は下から上に向かって吹き上げるものだ。しかし底の6階から上げると一番上まで届かない。色々と実験して試してみたのだが、最終的には屋上から落下させていくという方法を取ることにした。これは抽象的に思考するだけではうまくいかない。現場でのリアルな動きを見ないとダメなのだ。

 光庭の中は強風が吹かないので、シャボン玉は一度中に入れば重みで自由落下していく。そしてある程度まで降りてくると今度はまた浮上してきシャボン玉は複雑な動きを見せる。底からの照明の熱によって暖められた空気が上昇気流を生じさせるのだ。これは光庭の特質である空気の流動性を利用した演出であり、この場所と切り離して考える事が出来ないような表現方法だった。

 現象を二つ入れたのには、表現のリスクを回避するということも計算にいれていた。本番までの何度かリハーサルをすることもできるが、多くの場合は本番をしながらその場で表現を変えていかねばならない。しかし霧がうまく上がらない、シャボン玉がうまく落ちてこないということがあれば、素材を一つに絞ると、すべて終わってしまう。だからどちらかがうまくいかなくても、どちらかでカバーできるようにリスクを減らす方向で考えたのだ。

 それに6階からあげた霧がうまく18階まで届くかどうかは日によって変わる。またシャボン玉が6階のそこまで到達するのかどうかもわからないのだ。だから両方の現象で挟むことで上下の階の人が何かを目撃できるように配慮したのだ。

3 素材とメッセージ

 素材の選択のもう1つの理由は心理的な観点だ。霧は先行きが見えない闘病生活の不安を表現している。ぼくは当初、霧だけを想定していてシャボン玉は表現としては考えていなかった。しかしそれでは何かが足りないのではないかと直感的に感じていたのだ。

 実際に患者さんが窓辺にたたずんでこの霧を見ている時に何を感じるだろうかと想像してみる。底から霧や煙が立ち上ってくるというのはとても怖い風景だ。モクモクと立ち上る白い粒子は、火事や噴火のようなものをイメージさせて、それは不安な想いを増幅させる。ただでさえ身体に災いがやってきて大変な想いをしているのに、本当の災害のような風景がそこに現れることが本当にここでの表現としてふさわしいのだろうかと自問自答した。

 ぼくはすべての芸術表現がハッピーでポジティブなものである必要はまるでないと思っている。芸術とは時には人の心の闇や醜さを暴いたり、哀しみを表現することに意味があると思うからだ。それは社会の多くの人々が忘れていた大事なことを投げかける役割を果たすことがある。多くの人が良いと思っているものが、本当に幸せをもたらすのかどうかは時々考えてみる必要がある。そしてその反対として、多くの人が嫌悪感を示すものをちゃんと見つめなおすことも大切なことなのだ。

 だから人の狂気や、残忍な状況、心の闇といった普段は見たくないものからまなざしを背けずに向き合うような芸術表現があってもいいと思う。そうした表現に触れることによって、日々私たちが忘れかけている日常を自覚するきっかけになることが必要だと信じているからだ。

 しかしそうした表現は、病院という場所においては必要なのだろうか。ここで入院する患者さんたちは既に哀しみの淵に立たされた人たちだ。自分の身体に起こったありえない災害に、人生を見直す経験となった人もいる。絶望の想いで手術中の患者さんを待つ家族もいるだろう。日々の困難な手術のストレスの中で疲弊している医療従事者もたくさんいる。そんな場所で必要なのは救いのある風景なのではないだろうか。不安な中を生きる人々にとって、今の不安を抜けた後には希望がやってくるというメッセージが大切なのではないかと考えたのだ。

 だからシャボン玉の落下という現象を救いの象徴として加えることにした。シャボン玉が空中を漂う様子は、なぜか私たちの心に何かポジティブなイメージをもたらすからだ。それは小さい頃に遊んだ思い出の中だけではない。空気に反応してゆっくりと漂い、突然弾けて消える様子は、私たちに物事が変化していくという様子を教えてくれるのだ。シャボン玉は、霧の中を進むような闘病生活をあけると希望の光が訪れることを表現する。空からある日無数の光の珠が到来するというありえない現象に、そんな奇跡的な出来事を象徴することができないだろうかと考えた。

 この作品を実際に形にする前に、ぼくは詩を書いた。それはコンセプトの補助線にしたのだが、それもインスタレーションの最中に廊下に展示することにした(図)。現象そのものにネガティブやポジティブといった意味はもちろんない。しかし、どことなく寂しげで不安な霧の動きと、光を受けながら自由に漂うシャボン玉の動きは、感覚的に何かの意味を伝えるのではないかと思っている。メッセージには知覚的なものと、意味的なものの両方が必然性を持って合わさることが重要なのと思う。

霧はれて光きたる春

4 演じるのが人間である

 これまで院内で一つの窓辺に大勢の医師や看護師が一同に並ぶような状況は、おそらく一度もなかっただろう(写真)。あるいは医師や看護師が入院患者や家族と混ざり合って、ともに何か一つのことを共有する時間など持つことは無かったのかもしれない。

 そうやって様々な立場の人間が入り混じりながらたたずんでいる風景。それを目にすることは、霧やシャボン玉といった現象以上に強いメッセージを持つと思う。医師や看護師が窓辺にずらりと並ぶ様子やその表情を見ていると、回診や看護をしている時とは明らかに異なっている。それは入院患者が院内で普段は見ることの出来ない姿なのだ。

 最初の調査の時に、私は白衣を着て医師に扮して院内を歩いた。白衣を着るということは医師としてそこに身を置くという記号だ。院内において医師は白衣を着て聴診器をつけることで医師として振る舞い、看護士は制服を着ることで看護士として振る舞う。

 患者も同様に、入院してベッドがあてがわれることで患者としての役割を演じることが必要になる。それは治療や回復という目的に向かって結ばれた関係性だ。それぞれが役割を果たす事で病院の機能をうまく働かせていかねばならないのだ。

 しかし一方で、機能的に与えられた役割を演じながら、治療するために必要なコミュニケーションを交わすことだけで良いのだろうかと疑問を持つ。不安な入院生活で人として必要な心の救済は、病院が施す治療機能だけではないはずだ。

 身体に問題を抱えて入院する入院患者は、心に不安なものを必ず抱えている。そして病気や怪我は自分の体の中で起こる特殊な事態であり、家族とさえも共有出来ずに孤独な気持ちでいることもあるのだ。毎日の検査や手術で自分の身体の心配に加えて、治療がうまくいっても社会復帰に問題がないか。その後の再発に問題がないか。様々なことについての不安が絶えないはずだ。

 もちろん医療従事者の方々は、入院患者が不安や孤独に陥らないように細心の注意を払って声をかけているのは知っている。しかし医療や看護を施す立場と、施される立場というように分かれた中でのコミュニケーションでは、乗り越えられない壁があるように思えるのだ。

 「人は制服どおりの人間になる」とナポレオンは述べたそうだが、それはぼくたちの社会の真実をある意味で表している。医師は白衣を着て医師としてずっと振る舞っているうちに、気付かないうちにその精神や接し方も医師になる。看護師や患者も同様に、院内の役割に応じて無意識のうちにコミュニケーションの型が固定化されてしまうのだ。その関係性の中で、何か勇気づけるような言葉が患者へかけられたとしても、その言葉は演じられた役割が話す「台詞」として響くことがあるのではないか。

 孤独な闘病生活だからこそ、機能的な役割ではなく一人の人間同士としてのコミュニケーションが必要な時がある。そのためには職業や役割の仮面を取り去り、一人の個人へと帰ることできる瞬間をつくることには意味があるように思えるのだ。

 圧倒的な量の霧やシャボン玉が出現するというありえない風景が目の前にひろがっている時。人は自分が置かれている立場や状況を一瞬忘れて、一人の個人として感覚的に反応する。全員が眼前の風景に対して等距離に関わることが出来るような状況。それは人々の立場や属性を解体し、単なる一人の人間という「風景の素材」へと変えてしまう。そういう状況は、人々から役割の仮面を剥ぎ取るのだ。その人々の表情や振る舞いを交わし合うことは、言葉としてコミュニケーションする以上にその人間の中身を伝えることがあると思う。

 社会の中での人の振る舞いというのは、立場や所属する組織やその場での役割が決定づけている。それは病院だけではない。会社やビジネスの場などあらゆる日常のシーンでも同じなのだ。ひょっとすれば、この世の全ての職業は演じることであるということさえ出来るのかもしれない。

 ある女性はコンビニの店員を演じているし、ある男性は警察官を演じている。子供の前では親を演じる母親でも生徒の前では教師を演じる。会社では社長を演じる男性も、子供の前では父親を演じる。人は誰かの前では常に何かを演じて生きている。その壮大な演技の総体が人間であるというのは、おそらく何かの真実の一端を突いていると思う。

 それは時折、私自身が役者として舞台やカメラの前で何かを演じねばならない時にいつも感じる実感だ。正確に言うと “人が何かを演じる”という実感ではない。むしろその実感は、誰かのまなざしを前にするとき“何かを演じるのが人なのだ”という真実を静かに耳うちするのだ。人は演技を通じたコミュニケーションの中で誰かと社会的な関係を築いて行く生き物なのだ。

 そうやって人は演じることが宿命づけられている。しかし一方で人はずっと繰り返して同じ演技をしていると、それが演技であることを忘れてしまうことがあるのだ。演じているはずのものが知らない間に自分を形成している。誰かのまなざしを前に演じることが目的となり、それが精神的な構えやコミュニケーションの型が決まっていくのだ。

 しかし、時折その仮面が何かの出来事によって外されることがある。素のままの自分が現れるのだ。それは虚飾や嘘のない姿で、人間が最も美しい風景になる瞬間なのではないかとぼくは思う。

 人は生まれてから死ぬまで自分という殻から抜け出すことが出来ない。それぞれ異なる殻の中から世界を見ていて、それを共有することなど出来ないのかもしれない。でもほんのわずかでも、その殻を抜け出して互いを素手で触れることができる時。そのほんの一瞬だけ、人が抱える絶対的な孤独が薄れる時なのかもしれない。そんな時間を持てることが本当の奇跡なのだと思う。

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