船場建築祭・伏見ビルインスタレーション「フシミコード」

船場建築祭・伏見ビルインスタレーション「フシミコード」

2017/11/01firstview風景をつくる

 

 

2006年、船場建築祭というイベントでアート作品を作らないかと持ちかけられた。

大阪市立大学の船場アートカフェの主催である。

これは大阪の船場にある登録文化財の5つの近代建築を1日だけ開いて見学するというイベントだ。

そのうちの一つを会場にインスタレーションして欲しいという依頼だ。

その頃からインスタレーションと呼ばれる行為の意味をずっと考えている。

元々は何かをその場所に“挿入する(インストール)”ということを意味する言葉だ。

それは単に作品を設置するという意味ではないのだろう。

挿入されたものを通してその空間で発見される“何か”の方に主眼があるのだ。

ぼくにマッチングされた会場は伏見ビルという近代建築だ。
オーナーの上村さんが46年間守り続けてきた趣のある建物だった。
もともとこのビルはホテルとして建てられたらしい。
それをイベント時のオーナーであった上村さんが手に入れたのが46年前ということだった。
上村さんは半世紀近く時を守り続けてきた。
その間ずっと竣工当時の空間性を出来るだけ維持しようとして色々と手を尽くされたそうだ。
今でもこの伏見ビルが柔らかい空気感を保っているのは上村さんのそうした努力の積み重ねだ。
たった1日だけのイベントだったが、そんな建物に命を吹き込みたかった。

フシミコード

この建物で私の心を強く惹きつけたのは、白く滑らかな壁面でも特徴的な外壁でもなかった。
私がもっともリアルに感じたのは、実は壁を縫うようにして這う設備配管だったのだ。
通常はこうしたインフラは建物の表面や内部を飾るにはふさわしくないモノとして隠される。
あるいは視界には入っていても無いものとして眺められている。
しかしインフラが整えられる以前に建てられた近代建築には後から配管が付け足されて行く。
パイプやコードの這いずり回る様相は生きるためのリアリティを感じさせる。
それは虚飾や嘘がない切実な必然性が生む風景だ。
だからこそ上村さんが受け入れてきた配管には嘘や捏造がなくリアルに映ったのかもしれない。

現代における建物は都市インフラと直結している。
ガスや水道、電気などのエネルギーや情報インフラは配管を通じてやってくる。
それは建物を美しく文化的に見せるという理由以上に生きていく上で切実な要求がある。

人に例えると皮膚や顔の表面よりもその下に薄く見える血管の方に生命を支えているリアリティを感じるのと似ているかも知れない。
あるいはこの伏見ビルの隣に建つ青山ビルの壁面を伝うナツヅタのような生命力だ。
ツタは自信が建物の意匠の一部になっていることとは無関係に、単に光を求めて成長していく。
そんな生存のための自然のリアリティと配管は同じなのかもしれない。
普段は無視され僕たちの意識から外れがちな存在であるパイプやコードたち。
それにぼくは今日一日だけこっそりと命を与えてみた。

撮影:八久保敬弘

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