恋文印刷所

恋文印刷所

2017/11/01風景になる

(2013年9月22日、ブログより抜粋)

 

この連休は久しぶりの映画撮影。

随分と芝居していないので、久しぶりの現場の空気感を堪能した。

今回は浦山陽子さんという女性監督とご一緒させて頂いた。

 

この方は脚本家としてデビューされてから、冨樫森監督や、熊沢尚人監督などの商業映画の脚本を書いておられた方。

10年ほど前に身体を壊されてから静養されていたが、今回は自主制作映画の監督としてこの♭で「株式会社恋文印刷所」を作られることになった。

僕が割と自主制作映画に希望を失いかけていた半年前にお知り合いになったが、非常に感性の鋭い方で自主制作映画監督の中にもこうした感性の方が居られるかと少し光が挿して来た。

僕は単なるキャストとしてではなく、まずは人物や表現についてのディスカッションを重ねる所から作品作りがスタートした。

僕自身は自分自身のアートの表現の時にも同じ事をクライアントに求めるがが、監督と俳優とが共犯関係を結べるスタイルの方が好きだ。

商業映画もやってはみたいが、既にイメージが固まった脚本に単にキャストとしてだけ呼ばれるのはどうも表現を掘り下げるのが難しいといつも感じるからだが、それは己の未熟さの言い訳に過ぎないかもしれない。

 

今回は短編という事もあり、2日間の早撮りだったが、現場は驚くぐらいスムーズに撮影が進んだ。

一日経ってようやく自分の役がクランクアップした実感が湧いて来た。

この映画では不思議とほとんど役作りはしていないし、1年ぶりの撮影現場とブランクがあったので自分の芝居もどうなるか分からなかったが、現場の空気がとても良くて演技に集中することが出来た。

上の2枚の写真は一番うまく表現出来たであろうシーン19のワンカット。

8分の長回しの1テイクのみの真剣勝負のショットだった。

フォーカスなどの技術的な問題はあるにせよ、演技としてはかなりうまく行ったと思う。

もちろん台詞や段取りもある演技としてやっているが、そこに現れてる感情がフィクションであってはならないといつも思っている。

俳優というのは因果なもので、自分の頭と身体を素材にして心や感情をデザインせねばならない。

普段からいつでもこうした感情を取りだせるように日々訓練しているが、コントロールを誤るとアイデンティティが脅かされる状況にもなる。

僕は割と突き放して考える事が出来るようになってきたが、相手役を追いこんでしまうようならば途中で止めようかとも考えていたシーン。

だがギリギリのところで踏みとどまって良いシーンになったのは、相手役の精神力を信じたという事と、現場の暖かい空気の賜物だと思う。

特に活版印刷機を題材にした映画は前々から作ってみたかったが、♭の一階にある上田印刷所さんのご協力もあって、撮影も順調に進んだ。

印刷機と向き合うシーンは自分としても一番思い入れのあるシーンだったので、忘れられないショットになりそうだ。

5年前に♭を始めたときには何の関心も無かった活版印刷機。

たまたま見つけたスペースの一階に入っていただけの邪魔な機械だった。

しかしそこで働く活版印刷職人の上田さんとほぼ毎日のように対話をして、色々と話を聞くうちに、活版印刷機というものの価値に気づき、メディア史の中でもかなり重要なものだと知ってから、ここをどうやって守ろうかと考えていた。

もう出会ってから5年経つので上田さんも77歳になる。

今回は僕が印刷機を動かす職人の役をやらせてもらったが、このシーンはかなり切ない感情がわいて来た。

いつか自分もここを立ち去らねばならない時にきっと同じような気持ちになるのかと今からシミュレーションする。

 

この♭を巡ってもう5年色んな映画監督と短編映画を撮影しているが、既に4本溜まった。

この印刷工場を題材にしたのは初めてだったが、一際自分の中では思い入れの強い作品になりそうだ。

撮影は10月に入ってからも一部続くようだが完成が楽しみだ。

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