親指の哲学 2018年4月

親指の哲学 2018年4月

2018/05/05親指の哲学

2018.04.28

「人体展」を見るために国立科学博物館を訪れた。昨年2月、バルセロナのギャラリーで「Body in Food」というパフォーマンスをやったところなので、展覧会は非常に興味深かった。インナースケープのデザインから生命環境デザインを考えている。

Basement Ginzaという銀座にあるギャラリーで開催されている展覧会を観に行った。この展覧会では写真と絵画で7人の人物の肖像画を描いた作品を展示している。 友人のサヘルローズがその肖像画のモデルの一人になっているので観に行った。彼女の体には孔雀のイメージが描かれていて、とても美しかった。

2018.04.27

東京。あるウェブサイトで新しく始める連載記事の打ち合わせ終了。

今日は東京の中野坂上にある能舞台でトークセッションをした。メンバーはブランディングとコンセプターの飯島ツトムさん、世界の先住民族のドキュメンタリー映像を撮られている監督の亭田歩さん、能のシテ方である武田宗典さんと僕の四人。新しい世界を創造するための、芸術、科学、スピリチュアリティなどについて多くのメッセージを共有し交換する時間。70名近くの人々にお越し頂き、二次会にも人が入れないぐらい残って下さった。主催して頂いた小島さんと、来て下さった全ての皆様に心より感謝。

2018.04.22

三田の鏑射寺というお寺を訪れた。 ここは60年前に密教の寺院として再建されたが、その起源は5世紀とか6世紀まで遡ると聞いた。毎月22日には護摩があるので、今日は多くの人々が集まっていた。ここは大地の力がある特別な場所だと感じる。

2018.04.21

ウィーンの博物館でジークムント・フロイト博士の胸像を買った。自分の行動は常に無意識から来ていることを、このフロイト先生が思い出させてくれるだろう。

2018.04.16

本というのは面白いメディアだと書いてみてつくづく思う。学生とか家族とか近しい友人とか講演を何回も聞いている人とか、本人への意識が近いと思っている人ほどその人が書いた本を読まない傾向にある。逆に遠い人ほどじっくり読んでくれている割合が高い。それは尋ねなくても話してるとすぐにわかるのが興味深い。近い人は本人を見て知っていて、話も日頃から聞いているので、改めて本というメディアからわざわざ理解を得る必要はないと思い込んでいるのが盲点になる。本を読む体験と話を聞く体験は実はまるで違うものであることと、得てして書き手は近い人ほど直接聞いている時の感覚を裏切りたいと思って書いているので、普段話さないことやちょっときわどいことを盛り込む。だから帰国してから会う人達が、拙著を読んだのかどうかを勝手にコッソリと推測するのが日本に帰ってからの楽しみの一つになっている。実は近しい人の方が本を届ける事が難しいという逆説的な状況は、次から次へと新しい情報が流れていく今の社会と、その中での人々のまなざしの矛先が向いてしまう方向を素直に物語っている。拙著でまさに書いていることだが、人は慣れ親しんだものは改めて見なくなる。近しい人はそれをそのまま体現してくれるので、まんまと引っかかるのが楽しい。しかし問題は本が売れないことか…

「カオス」は「ランダム」とは異なる概念だ。この宇宙のすべてが秩序とランダムの間にマッピングされているとすれば、カオスはちょうどその真ん中に位置する。基本的に生命現象はカオスに基づいているため、秩序に従いながらも柔軟に対応出来る。

2018.04.13

僕が社会学者のジンメルが好きなのは、彼は還元主義的じゃないからかもしれない。彼は社会現象というものは無数の小さな社会現象が組み合わさって出来ているわけではないと考えていたに違いない。彼は”フロー”と”フラックス”の違いに気づいていた。

2018.04.12

「モルフォロギア」に寄せられている粂川先生の「形態学と進化論」の論考が素晴らしく整理されていて感動する。ライプニッツから始まり、ユクスキュルとシェルドレイクとベイトソンを並列してゲーテ形態学との関係について整理されている。それぞれはもちろん個別に読んでいたし知っていたが、それを進化論という一つの補助線でゲーテとの関係がまとめて論じられている鋭い考察に頭がとても整理される。それに加えて、僕自身も以前より注目していたホフマイヤーの生命記号論で締められていたことにも大変共感した。ランドスケープデザインも生命環境科学に位置付くとすれば、建築家と同じ工学的な発想ではなく、生命のアプローチが必要であることは前々から思っている。もし僕自身がここから進めるとすれば、フラーのシナジェティックの観点から見た時にどういう整理が出来るかに関心があるが、まだまだ勉強が足りない。

大阪府立大学の新入生のためのクラスを一つ持つ。今年は「世界の見方を変えるためのレッスン」というタイトルをつけた。新入生たちは、まさに高校を卒業したばかりの状態だ。受験では、すでに質問は与えられていて、それに対する回答を選択する必要があった。しかしこれからは、与えられた選択肢の中に一つの答えを見つけることができない状況が生まれる。さらに世の中には、答えがないような状況も多くあるのだ。だから何かの問題を解決する前に、問題そのものを設定する方法を学ばなければならない。そんなことを考えながら、このクラスでは、芸術の方法論で “応用哲学”をする実践を考えてみたい。

2018.04.10

東京にあるイノベーションデザインチーム「リパブリック」さんのオフィスに立ち寄った。

2018.04.08

僕の初単著「まなざしのデザイン」を手にするサヘル・ローザさん。皆さんに、本の中から抜き出した言葉が刻まれた100枚の栞の中から一枚を引いてもらう試みをしている。サヘルさんが引いたのは80番。「非日常な時間というのは日常では届かないところへまなざしを向ける時間である」日本では、僕も彼女も同じく外国人だ。だから時に僕らのような者達が、日本での日常の視点を揺さぶる存在になるのかも知れない。

女優のサヘルさん、脚本の川人さん、監督の末長さんと一緒に東京ラブストーリー映画祭の舞台で挨拶を終える。来てくれたすべての人に感謝。

銀座のリコーギャラリーで開催中の「ミクロ×宇宙」という写真展に訪れる。写真家は11月に僕のレクチャーにも来てくれた北山敏さん。彼は身近にある液体や物体を顕微鏡で写真を撮り、風景のような芸術に変える。これは最も直接的にまなざしをデザインしていると思う。展覧会は5月13日までやっているので、是非。

2018.04.07

明日は東京ラブストーリー映画祭の舞台挨拶。女優のサヘルローズさん一緒に芝居した「冷たい床」という作品がこの映画祭に選ばれた。サヘルさんとも一年半ぶりに会うのでとても嬉しい。

この5年間は聖地のデザイン特性について考えているのだが、思うところあってシェルドレイクの形態形成場理論について再度読むことにした。彼は生命が生み出す形態の決定要因を分子科学的な観点だけでなく、形而上学的な要因に求めた。当時は胡散臭い科学として取り扱われていたが、仏教を補助線に観なおすと、非常に明快に見えてくる。それを踏まえた次として個人的に興味が湧くのは、ゲーテの形態学との関係だ。この15年ほどは社会科学の周りをウロウロしていたが、また自然科学へ戻ろうとしているのかもしれない。

Recent Posts

風景をかんがえる
風景になる